2011/05/07

宮永愛子展「景色のはじまり -金木犀-」

●葉脈のレース●

《景色のはじまり》2011

金木犀の葉が、一枚一枚、丁寧に葉脈だけにされて、繋げられて。

ギャラリーの扉を開けると同時に、大きな一枚の布状のレースが目に飛び込んできました。

生成り色の、優しい色。
うっすらと透けて見える向こう側。
床に垂れるたっぷりとしたドレープ。

天井からつり下げられたレースの間に入り込むと、蚊帳のような、テントのような、そういった大きな布に、優しく包まれている気分になります。そしてそのままずっとその場に佇んでいられる。飽きないし、この空気感がたまらなく、よい。
もしかしたら時間が止まっているかもしれない、と思うほど、作品の中でぼんやりしてしまう。

今回、この作品からは、「儚い」とか、「繊細」とか、そんな感覚は覚えず、ただただ力強さに圧倒されました。顔を近づけて目を凝らして見てみれば、細かな葉脈は壊れやすくて、それこそ儚く繊細なのだけれど。

この力強さは何だろうか?きっとそれは、植物の持つ生命力なんだと思います。人間で言えば毛細血管にあたる小さく細い葉脈は、命の綱。その部分だけにされてしまった葉は、丸裸の状態なのだけれど、だからこそ核心の部分が見えていて、力強く美しい。それまでその葉が生きてきた時間と場所の記憶、それが数えきれない枚数分だけ布の中に積もっている。

この大きな一枚の布を見て、真っ先に思い浮かんだのは、ヴェール。こんなレースでウエディングドレスを仕立てたい。世の中のどんな花嫁よりも、凛として美しい花嫁になれるような気がしました。家族との時間も一緒に織り込むように、実家の庭木で作るウエディングドレス。新しい家族を作る第一歩は、《景色のはじまり》というタイトルともぴったり。玄関に植えてあるベニカナメがいいかな、なんてそんなことまで思いふけってしまいました。

葉脈の造形の美しさだけでも、十分に楽しめます。それだけでは宮永愛子の世界はもったいないけれど・・・。でも、やっぱり自然の造形は素晴らしい!


●魂の散歩●

彼女の作品は、作品と共にいることによって、その場の空気感や気配に気を向けられる、そういった作品。

《そらみみみそら》も、釉薬にヒビが入る「貫入」の音を待つ時間が気持ち良い。

意識を空間に漂わせて、聞こえるかもしれないし聞こえないかもしれない音を探し、拾う。そうやって、自分の体内からちょっとだけ外に魂を散歩させるような感覚は、瞑想とは言えないけれどとても落ち着く。作品の中を彷徨って体内に帰ってきた魂は、少しすっきりと物事を考えられるようになっている。だから本当に気持ちが良い。

残念ながら、今回、私には貫入の音は聞こえなかったように思うのだけれど、一緒にあったナフタリンの香りが僅かにしたように感じました。


作品と過ごした時間があまりにも気持ちが良く、ギャラリーを後にしてからもずっとフワフワ宙を飛んでいるような気分で、大切な人をギュッとしたい気持ちでいっぱいになりました。
こんな気分になるのは、久しぶり。また行こう。


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宮永愛子展「景色のはじまり -金木犀-」
@ミヅマアートギャラリー
2011年4月21日(木)→5月28日(土)
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