2009/03/27

三十三間堂

●森と海の考察●

庭に木瓜の花が可愛らしく咲いていました


言わずと知れた、京都の三十三間堂。
お参りの機会を逃し続け、先日、初めてやっとお参りしてきました。




千体の千手観音の立像が立ち並ぶ様は、想像していたよりもダイナミックな空間でした。

公式HPでは、堂内の様子を「仏の森」と表現しています。
参拝者の目線では、仏様より低い位置から見上げることになるので、
森の木々がそびえ立っているのとおなじイメージなのだと思います。

一方で、杉本博司の三十三間堂を写した作品《Sea of Buddhas》
杉本さんは同じ情景を「森」ではなく「海」と表現しました。

「森」と「海」。
どちらにも、広くて深い空間という共通のイメージがあります。
しかし、お参りをしている限りは、「海」のイメージには辿り着くことができませんでした。
仏様は私よりも背が高く、祭壇も段が上がったところにあるので、普段の生活よりも低い位置(海抜0mが水面ですから)にある「海」の発想はありません。

では、なぜ杉本さんは「海」と言ったのか。
それは、視点の違いだと思うのです。

《Sea of Buddhas》は千体仏を見上げる構図ではありません。
杉本さんは脚立に上って高いところから撮影したので、作品は、奥の仏様と同じくらいの目線であり、手前の仏様は見下ろす目線の構図となっています。
波が押し寄せるように、仏様がずらっと並ぶ様子を捉えた写真。視線をやや下に傾ける感覚は、砂浜から海を眺める感覚や、船の上から波を眺める感覚に近いものがあります。この視点からは、木々に囲まれるような感覚はありません。

杉本さんの作品は、理論的でとてもコンセプチュアルであると思っています。
しかし、こんなにも感覚的な面もあるのだなあと新しい発見でした。
そしてこんな考察をしてしまう私は、れっきとした面出ゼミ生なのだなあと思います。

余談ですが、この三十三間堂、建立当時は極彩色で装飾されていたそうです。そしてそこに金色の仏様が千一体。きんきらきんで、さぞ賑やかな堂内だったのだろうなあと想像すると、極楽ってこんなところかも。という気持ちになりました。