2011/06/02

ZIPANGU ジパング展

—31人の気鋭作家が切り拓く、現代日本のアートシーン—
というコピーのとおり、豪華な顔ぶれで今が旬なアーティストが揃っているように思います。もっともっと他にも日本を代表する作家はいるけれど、それでも豪華なラインナップ。

ただ、"絵画"や"彫刻"といった旧来の伝統的な表現方法を用いた作品ばかり、という感じも否めません。会場が日本橋高島屋、そしてこの展覧会の狙いが多くの人に(それも高島屋にくるような年齢層の人にも)コンテンポラリーアートをみてもらおうというものだから、客層に合わせてセレクトしたのだろうけど。
何よりキャプションに各作家のプロフィールまで載ってるのだから、とても真面目で几帳面に感じる展覧会。なんとなく、お行儀良くしなければいけないような雰囲気は、完全に百貨店モードON。印象派の展覧会と同じ空気が漂っているようでした。

これまでの代表作の一片が集められたようなこの展覧会では、作品の瑞々しさは失われていて、まるで標本が並んでいるように感じました。そのためか、どこか"安心感"があるようで、お決まりの「現代アートはわからない」という雰囲気がありません。会場内には、高島屋のお得意様らしき年配の方もいましたが、皆「美術作品」として作品をみているようでした。

そう、これは、保証書付きの現代美術の展覧会、なのです。実験的なことも突拍子もないこともハプニングもない。"よくわからない"とされがちなコンテンポラリーアートも、"わかりそうな感じ"で安心してみることができます。

きちんと形を整えて提示すれば、コンテンポラリーアートもそれなりにみてもらえるものだと思いました。
ホワイトキューブの広い空間に、ダイナミックにポーンと作品を置くと「わからない」と言われてしまうけれど、絨毯が敷かれた重厚な空間にギュッと詰め込めば「ふむふむ」と見てくれる。
それともたまたま今日は抵抗のない人が多かっただけなのでしょうか?

どちらにせよ、見せるものを選び、見せ方を相手に合わせれば、受け入れられるということを認識させられました。普段、コンテンポラリーの展覧会やギャラリーでは会わないような人たちが、興味深そうに作品をみている姿が印象的でした。
(これまで、クラシックとコンテンポラリーの線引きをして分け隔てていたのは、私の方だったのかもしれません。反省。)

しかし、コンテンポラリーアートの世界はもっと広い。むしろ今回の作品は伝統的な手法をとった作品であり、ヴィデオや写真、他のメディアを利用したものは、ない。インスタレーションもない。

時代は止まらずに流れていて新しいものがどんどん生まれる。多くの人にそういったものを見てほしい。
きっとこの展覧会をキュレーションした三潴さんもそういう思いを持ちながら企画したのだと思います。(そんな主旨のことをご本人もおっしゃっていた。)

ここから、もっと面白くて、もっと自分自身に近い作品を見てほしい。
これが美術史になる前に。作品が固定されて瑞々しさが無くなる前に、生きてるうちに。
今しか見られないものを、今見られることは、今を生きている私たちの特権。
同じ時間を生きて、同じ空気を吸って、同じ事件に遭遇して、そうやって近くにあるものをみて感じる。それが現実に"アート"を享受することだと信じています。
そういう思いをますます強くしてくれた展覧会でした。

これまでにコンテンポラリーアートをたくさんみてきた人には、おさらいのような展示で物足りないかもしれません。みたい作品があるならば、普段とは違った雰囲気でみれるのは面白いです。


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ZIPANGU ジパング展
日本橋高島屋8階ホール
2011年 6月1日(水) 6月20日(月
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チラシも年配の人が好みそうなデザイン。展覧会のタイトルもそうだし、何から何までとことんやってる感じが良い!

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