思考する力

私はいろんなことについて、どちらかと言えばよく思いめぐらすタイプの人間だと思う。
考えることが好き、というよりも、なんだか癖になっているような気がします。

アートの傍にいるとき、ぼんやり何も考えていないようで、いつも頭は動いている。
アートと向き合うとき、全身全霊で自分の考えを保っていないと、まるっと作品に飲み込まれてしまう感覚があります。




私にとってアートとは、感覚的で感情的なものでもあるけれど、常に終着点がない思考の道のりを歩くことでもある。真剣に対峙しようと思うときは、ベストコンディションで臨戦態勢に入るような気持ちです。

少なからず、そうやって「考えること」「思いめぐらすこと」を鍛えてきているように思います。
アートが私に与えてくれているものは、心の豊かさや感性だけでなく、自分の意志を持って生きることや、何が本当のことなのか本質を見ようとする態度なんだとここ最近強く感じます。アーティストが作品を生み出すのと同じように、私は作品を受け取って自己表現をしているんだと。


2011年3月11日の震災の後、被災地のこと、自分の身の回りのこと、原発のこと、報道のこと、そしてこれからの日本のこと、考えることがつきません。
これから前に進んでいこうとするときに、アートが直接的に力を発揮するにはその出番にはまだ時間がかかることと思います。
でも、意志を持って考えることが当たり前のようにできるようになったのも、自分の信念を持つことも、私はアートから学んできたのだと思っています。もちろん、そういったことを学び取ることができるのはアートに限ったことではありませんが、私にとってはアートが占める割合が大きかった。


今回の震災では、広く言えば、被害の影響を受けていない人はいないと思います。
被害の少ない人たちは、「自分にできることから。」皆が同じ気持ちでそう感じていることと思います。
それと同じように、今回の震災から学ばなければいけないことをよく考えなければいけない。それが今すぐにでも「できる」こと。

そういうところでも、アートが役割を果たしていけたらいいと考えています。